昭和 演歌
2024年10月30日
秋晴れとはほど遠い雨が続いた時がありましたねぇ…。
雨の音が思い出させたのでしょうか。70年も前のことです。
私は保育園の子として、園児と保育と、家族と両親をごっちゃにしたような毎日を送っていました。
なんなら、保母さん(その頃の呼び名です)のお宅に何日も泊まっていたり、なにがなんだかわからない自由な毎日をすごしていたようです。
保育園でも、午睡の時間には眠れない子がバタバタ騒いでいると「ねなさい!!」と、えらそうに怒ってまわったり、なんて、イヤな生意気な保育園の子だったことか…。
その頃の保育園にお母さんがどこかに行ってしまった子がいました。
お父さんは朝、会社に行く前に送ってきて、夜、会社が終わって迎えに来ての毎日を過ごしてきました。
その子は夜みんなが帰った後も1人お父さんのお迎えを待って…。
諸菌は掃除や次の日の準備などで忙しく、私はときどき、1人になってしまったその子と遊んでお父さんを待つようにもなりました。
その子はときどき泣きました。
ただただ泣きました。
出て行ってしまったお母さんのことを思っているのか、どうなだめても、ただただ泣き続けているのです。
(困惑するばかりの私)
そんな日々のなか、なにか職員の誰かれとなく、頭をよせてヒソヒソと話しをしているのが気になりました。
なんの話をしているかはわかりませんが、なんともいえない雰囲気のなかでのヒソヒソ話。
そして、ある夜。
お父さんが迎えにきました。他の職員は誰も出てきません。
このところずっと誰も出てこられないのが不思議でしたが、私が送り出せばいいこと。
その夜のお迎えの時に、ある職員が帰りの時のかっこうをして、迎えにきたお父さんのもとに走りよってきました。
そして、その子をつれて、靴箱の所に3人で立って、私におじぎをひとつ。
雨が降りしきるなか、傘をさした3人の姿が、門の方へと歩いて去って行きました。
今ならわかります。
大人の間ではそのことがウワサになっていたのでしょうが、私の耳には入らなかったのです。
「複雑」な思いが渦まきます。
でも、今はただあの雨の中の3人の後すがたが…。
泣き続けていたあの子も、もう70は過ぎてるよね。
こんな「複雑」な話ですが、私、どーしても雨の3人の姿に「昭和の演歌」を思ってしまう。
ゴメン!!