明るいほうへ
2024年1月9日
明けましておめでとう、というその日の夕方に起きた地震。
本当にびっくりしましたね。園ではお引越しした子が石川県にいて、「大丈夫かしら」と心配です。
まさかお正月の元旦にこんなに大きな地震が起きるなんて、誰が想像できたでしょう…。
でも、人の営みや思いとは全く別の自然のことです。何が起きるかは、わからないのです。
どんなに恐ろしかったか、怖かったか。
被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。
元旦に、年賀状をいただきました。
その中の1枚のお話。
2011年3月11日の東日本大震災・原発事故で江戸川区の葛西のホテルに、たくさんの方が福島から避難されていらっしゃいました。
以前にも書きましたが、小さなホテルの部屋で、子ども達は身体をうごかして遊ぶこともできず、親もこれからのことが不安で、落ち着かない日々を過ごしていました。
幼稚園が夏期保育中のこと。遊べない子どもの心と身体、そして親の思いをなんとかできないかと、心配した地域の人がやってきて、「幼稚園で遊ばせてほしい」と、おっしゃいました。
プールは出ているし、もちろんどうぞ来てください。と、何組もの親子がやってきました。水しぶきをあげて、大歓声と笑い声の子ども達、そして涙を流す親たち。
私たちも一緒に泣くしかなかった…。
ホテルの部屋での避難が続くなか、幼稚園に通えないかという話も出て、葛西のホテルの2人の子が通園していました。
お弁当を作れない子は職員が順番で作りました。送迎の車の中の2人は、不安をふり払うように大声でしゃべり、叫び続けていました。(たいへんなストレスですもんね)
そして、春が近くなる頃、次の避難場所へと移っていきました。
その1人の男の子のお母さんが、1度幼稚園を訪れてくれて、マァ〜泣きました。
今年も年賀状をいただいて…。
なんと、その子、高校生ですって!
発表会の時、その子は出ないだろう劇の練習を誰よりも一生懸命やっていました…。なんて大きくなったんでしょう。
忘れられない2011年の東日本大震災と、原発事故をイヤでも思い出します。
国同士の戦争も続いていて、小さな子ども達が傷つき、命を落とし、泣いているこの世界。
それでも私達は希望の光を見つけ続けていかねばなりません。
私の好きな作家の本のタイトル
「神も仏もありませぬ」
(佐野洋子)
それでも私は、神に、仏に、祈らずにはいられません。
明るい方へと・・・。